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『時の闇に消えたアパート』

『時の闇に消えたアパート』

2025/01/23

『時の闇に消えたアパート』
※この物語はフィクションです。

【第2章 刻まれた呪い】②

 小さく呟きながら、像の表面を懐中電灯で探る。触れようかどうか逡巡したが、今は視覚情報だけでも十分すぎる不気味さが伝わってくる。この木に刻まれた文字は、どこかこの地の古い風習や祠を想起させる。オーナーが口にしていた「神木」という言葉が頭にちらつく。まるでこの像自体が“木の神”を象徴しているかのようだった。
 そのとき、不意に背後から冷たい風が吹き抜けた。部屋の窓は閉め切っているはずなのに。俺は驚いて振り返るが、当然そこには誰もいない。
 「……気味が悪いな」
 独り言が唇からこぼれる。心臓の鼓動が高まっているのを感じる。ここに長居はしたくない――そう思い、像の様子だけをしっかり頭に焼き付け、早々に退散しようと身を翻した。
 すると、足元がぐらりと揺らいだ。めまいのような感覚が押し寄せ、一瞬方向感覚を失う。ぐにゃりと視界が歪んだかと思うと、世界が傾いたような感覚に襲われた。
 「何だ……頭が……」
 思わず床に手をつき、必死に体勢を立て直そうとする。だが、床に触れた感触がおかしい。そこは、アパートの硬いフローリングではなく、まるで土のようなざらざらとした感触だった。
 「……え?」
 ぎょっとして顔を上げると、そこには見慣れたアパートの壁はない。代わりに、暗い夜のような空と、篝火(かがりび)のような赤い光がちらちらと揺らめいていた。風の音が耳を掠め、鼻を突くのは湿った土と草の匂い。まるで異世界だ。さっきまで確かに三階の部屋にいたはずなのに――なぜだ?
 混乱する頭で周囲を見回すと、そこには粗末な木造の建物や、藁葺(わらぶ)きの屋根のようなものが並んでいる。地面は土のままで、ところどころに石段や小さな囲いがある。遠くに見える森は鬱蒼(うっそう)として、まるで巨大な影の塊のように鎮座していた。
 「……夢か? 何なんだ、ここは……」
 そう呟いた途端、後ろからドスッと鈍い衝撃を受け、俺は地面に顔を押し付けられた。気づかないうちに誰かが背後に回り、強引に押さえつけているのだ。荒い息遣いと共に、男たちの怒声が飛び交う。
 「こいつだ! 神木を持っているのはこいつに違いねえ!」
 「ここまで堂々と入り込むとは、なんて不埒(ふらち)な奴だ!」
 恐る恐る顔を上げると、土煙の向こうに複数の人影が見えた。着物のような和装をしている男たちが、手に農具や棍棒のようなものを握りしめている。彼らの目は怒りと警戒心に満ちていて、俺を睨みつけていた。
 「ま、待ってくれ……! 俺はただ……」
 言い訳しようにも、何が何だかわからない。思考がぐちゃぐちゃに混乱している中で、彼らは容赦なく腕を掴み、身動きを封じてくる。痛みに耐え切れずに呻くと、誰かが俺の顔の前に棍棒を突きつけながら言った。
 「貴様、神木を盗み出しただろう。どこに隠した!? 答えろ!」
 神木……。その言葉に胸がざわめく。アパートのオーナーが言っていた“神木”と同じ響き。だが、いったいなぜ俺が盗んだと疑われている? そもそも、俺はついさっきまでアパートにいて――
 「離せ! 痛いっ!」
 必死に抵抗するも、大の男たちが数人がかりで押さえ込んでくる。さながら暴徒に取り囲まれたようで、全く身動きが取れない。さらに、どこからか年配らしき女性の声が飛んだ。
 「やめんか! 怪しい奴であることは間違いないが、まずは村長にお伺いを立てるんだよ。殺してしまっては元も子もない」
 その言葉に男たちはようやく手を緩めた。俺は土まみれの顔を上げ、声の主を探す。見れば、少し離れた場所に佇む年配の女性が厳しい面持ちでこちらを見据えていた。彼女は杖をつきながら近づいてくると、俺の顔を見下ろしながら眼光鋭くこう言った。
 「お前は……神木を冒涜(ぼうとく)した罪人か、それともただの旅人か。その身なり、見たこともない服装だな。どこから来た?」
 どこから来た、と問われても、答えようがない。俺自身、自分がなぜここにいるのか分からないのだ。「アパート」という言葉を出しても、きっと通じないだろう。どう返事すればいいのか分からず口ごもると、彼女は唇を曲げて険しい顔をした。
 「まずは村長のところに連れていけ。こやつの正体を確かめねばならん。下手に抵抗するようなら、縄で縛り上げて引きずっていくのだよ」
 再び男たちの力強い腕に掴まれ、俺は立ち上がるよう促される。足元は土と小石がごろごろしていて、不安定な場所だ。ふらつきながら周囲を見回すと、そこには数軒の家々が立ち並び、あちこちに火の灯りが揺れている。とても現代の街並みとは思えない。電気の明かりはなく、ガス灯や街灯も存在しない。歩き回る人々の服装も古風な着物ばかりで、頭髪を結い上げている者もいる。まるで、時代劇のセットの中に放り込まれた気分だった。

~~~ 続く ~~~


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