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『時の闇に消えたアパート』

『時の闇に消えたアパート』

2025/01/28

『時の闇に消えたアパート』
※この物語はフィクションです。

【第2章 刻まれた呪い】③

 男たちが先頭に立ち、俺の両腕を拘束したまま歩き始める。脇腹を棍棒でつつかれながら、抵抗する気力もなく付いていく。道の両脇には、続々と村人が集まってきていた。みな眉をひそめ、ある者は石を投げつける素振りすら見せるほど、明確な敵意をこちらに向けている。
 「神木を辱めた罪人が戻ってきたのか……?」
 「許せん。村の平穏を乱す輩め」
 小声で囁く者、憎悪のこもった視線を投げつける者――どの顔も暗く、怯えと怒りが入り混じった空気が場を満たしていた。俺はその雰囲気にただ圧倒されるばかりで、上手く呼吸もできない。
 やがて、村の奥まった場所に建つ大きな屋敷の前で、男たちは足を止めた。門構えは簡素だが、この村では一番偉い人物が住んでいることが一目でわかる。少なくとも、こんな荒削りの村にしては立派な佇まいだ。
 「村長様、ただいま怪しい者を捕らえました。神木を盗んだ罪人の一味と思われますが、いかが致しましょう?」
 門番のような若者が中に声をかける。少しして、中から白髪の老人が出てきた。村長らしき老人は背筋は伸びているが、歩みはゆっくりで、手には杖。村人たちと同じく着物を纏っているが、落ち着いた色合いと刺繍の入り方が他とは違い、地位の高さをうかがわせた。
 「ほう……」
 老人は俺をまじまじと見つめ、しばらく沈黙を保った。やがて、彼は静かに口を開く。
 「確かに見慣れぬ衣服だな。都(みやこ)の者とも思えぬ。さては外の国の流れ者か? お前、名は何と申す?」
 「……し、式部(しきべ)です」
 呆然としたまま答える俺に、周囲の男たちは怪訝な視線を投げかける。式部という名も、彼らにとっては聞き慣れない響きなのだろうか。
 村長は再び俺を観察するように視線をめぐらし、やがてゆったりとうなずいた。
 「式部……とやら。お前はどこから来た? なぜ神木を盗み出したと疑われるような真似をした?」
 「違うんだ。俺は盗みなんてしていない。ただ……気がついたら、ここに来ていた。俺だって訳が分からないんだ」
 正直に話しても、相手に信じてもらえるはずがない。案の定、村長の背後で控えていた村人たちは「とぼけおって」「いい訳だ」と口々に罵声を浴びせる。
 「そうか。では問うが、そなたが持っているその奇妙な――ええと、“布地”は何だ?」
 村長が指差した先を見ると、俺の着ていた現代の服――ジーンズとパーカーだ。素材が綿や麻でもなく、合成繊維など使っているから、この時代の人間には怪しさ満点に見えるだろう。
 「あ、これは……洋服だよ。俺たちの時代では普通の……」
 言いかけて、自分が何を言っているのか理解不能になった。そう、ここは“過去の世界”なのだろうか? だが、そんな馬鹿な話があるのか? 頭の中で疑問が渦を巻き、呼吸が荒くなる。
 村長は静かに目を細める。
 「奇妙だ。だが、神木を守る掟(おきて)は決して破られてはならん。この村には過去に神木を傷つけた大罪人がおり、それが我々の長き呪いの始まりだと伝わっている。もしそなたがその縁者か、あるいは再び神木を冒涜する者ならば、すぐに罰を受けねばならん」
 呪い――やはりそんな話が出てくる。オーナーが言っていた先祖の罪と、この村の伝説が繋がっているのだろうか。俺の意識は混乱し続けるが、ここで下手に反論しても状況を悪化させるだけだ。
 「し、式部、とやら。今からお前を村の“役場”代わりの蔵へ連れていく。しばらくそこで様子を見るが、粗相をすれば容赦はせんぞ」
 村長が指示を出すと、男たちは俺を取り囲んだまま、再び歩き始める。結局、俺は言われるがままに従うしかない。どこに連れていかれるのか分からないが、抵抗すれば命の保証はなさそうだ。
 歩いている途中、村のあちこちに何かを祀(まつ)った小さな石碑や木札が見える。どれも古めかしく、文字や模様が刻まれているようだ。おそらく神木にまつわる信仰なのだろう。村人たちはそれを神聖視し、厳格な掟のもとに暮らしているのかもしれない。
 不意に、遠くから人の叫び声が聞こえた。それは怯えたような悲鳴に近い。男たちも一瞬足を止め、そちらの方向を凝視する。やがて悲鳴は途絶え、鳥が羽を打ち鳴らす音だけが響く。どうやら、この村ではしばしば恐ろしいことが起きているらしい。
 「まさか……あの噂が本当になったのか……」
 「いや、きっと今回はこいつが連れてきた禍(わざわい)だ」
 周囲の男たちがそんな不穏な会話を交わすのを聞き、俺は身を縮める。思わず、「俺には関係ない」と言いたくなるが、言ったところで火に油を注ぐだけだろう。
 さらに奥へ進むと、大きな土蔵が見えてきた。朽ちかけてはいるが、扉には頑丈な錠前がかけられている。俺はそこで縄をかけられ、内部へ押し込まれた。扉が閉まると、外から鍵を回す音が聞こえる。微かに射し込む光の中で、ほこりっぽい空気を吸い込み、思わず咳き込んだ。

~~~ 続く ~~~


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