『時の闇に消えたアパート』
2025/01/28
『時の闇に消えたアパート』
※この物語はフィクションです。
【第2章 刻まれた呪い】④
暗い蔵の中には農機具らしき道具が積んであり、隅には何やら古い壺や箱が乱雑に置かれていた。俺は壁際にもたれかかるように座り込み、縄で拘束された両手をじっと見つめた。
「どうして、こんなことに……」
頭の中は混乱の渦だ。アパートの三階であの像を見ていたはずが、気がつけばこの村に飛ばされ、しかも“神木を盗んだ罪人”のように疑われている。物理的に考えて、こんなタイムスリップなどあり得るはずがない。けれど、この肌に感じる土や埃の匂い、村人たちの怒声、そして縄が食い込む痛みは紛れもなく現実だ。
しばらくして、薄っすらと時間が経った頃だろうか。蔵の扉が軋む音と共に再び開き、一人の男が入ってきた。先ほど俺を押さえつけた男とは別の人物で、少し年が若い。彼は警戒しつつも、腰の籠(かご)から何かを取り出し、俺の前に置いた。
「食事だ。村長様の許しを得た。だが、変な真似をしたらすぐに縄を強く締め上げるからな」
そこには簡素な握り飯と、野菜の煮物らしきものが乗せられた木皿があった。
「……あ、ありがとう」
俺は本能的に礼を言ったが、男は気まずそうに目を逸らし、そのまま出て行こうとする。
「待ってくれ。俺は本当に、神木なんて盗んでいない。ただ、気がついたらここに来ていたんだ。どうやったら信じてくれる?」
訴えても、男は困ったように眉間に皺(しわ)を寄せた。
「お前が何者かは分からん。が、村の者たちは皆、神木を冒涜した過去の罪人が戻ってきたと信じている。俺自身はどう思っていいか分からないが……。とにかく、村長と巫女様(みこさま)が裁定を下すまでは、お前はここにいるしかない」
巫女――その言葉が気になった。オーナーの話でも、かつてこの土地には神木を守る“巫女”がいたとかいないとかいう噂を聞いた気がする。俺が何か言いかける前に、男は蔵の扉を閉めて去っていった。
繰り返される静寂の中、俺は膝を抱えて考える。現代のアパートにいたはずの俺が、なぜこの村に飛ばされてしまったのか。あの木彫りの像が関係しているのは間違いないだろう。もし本当にここが五百年前の世界だとしたら――今、俺がいるのはまさにその時代なのか。
そう思うと、恐怖と同時に奇妙な感覚が生まれる。まるで現在(いま)という時間軸から切り離され、どこか異なる世界線に迷い込んでしまったかのようだ。このまま戻れなくなったらどうなる? アパートのオーナーや、失踪した人たちはどうなってしまう? 想像すると息が苦しくなる。
「……落ち着け」
自分に言い聞かせながら、出された握り飯を口に運ぶ。味は素朴だが、腹が減っていたのでありがたかった。食べ終わって少し落ち着くと、思考を整理するために頭の中で状況をまとめる。
- アパートで奇妙な木彫りの像を見つける。
- 像を観察中、激しいめまいがし、気づけばこの村にいた。
- 村人たちは俺のことを「神木を冒涜した罪人」か、その関係者だと疑っている。
そして、“神木”にまつわる呪いがこの村にあるらしい。五百年前ということを考えれば、オーナーの祖先が祠を壊したとか、神木を伐(き)ったなどという伝承は、まさに今から数百年後に起きる出来事かもしれない。あるいは、すでに起きていて、俺はその余波の時空に巻き込まれたのだろうか。
時間の感覚がおかしくなりそうだったが、蔵の外の様子を聞き取ろうと耳を澄ませると、村人の話し声が遠くに聞こえてきた。言葉は俺が知っている日本語に近いが、発音や抑揚が若干違う。古語に近い表現なのだろう。
突然、扉の外でざわめきが大きくなり、村人が何かを叫び始めた。断片的に聞こえる言葉を繋ぎ合わせると、「神木が……」「祠が光った……」など、明らかに尋常でない事態を示すものだった。
――神木が光った?
意味不明な言葉に戸惑っていると、扉を蹴破るようにして先ほどの男が慌ただしく飛び込んできた。
「お前、何をした!? 外で神木の祠から異様な光が立ち上ったというんだ……!」
男の目は恐怖に見開かれている。俺が何をしたわけでもないが、周囲はそうは思わないらしい。
「俺には何も分からない! ただ、ここに監禁されたままなんだ……」
必死に訴える俺に、男は苦悶の表情を浮かべる。どうやら、俺の言葉を半分くらいしか信用していないが、同時に混乱しているようだった。そんな中、さらにもう一人の村人が駆け込んできて、すさまじい剣幕でまくしたてる。
「村長様が呼んでおられる! すぐに式部とかいう男を連れてくるんだと! このままだと村が大変なことになるぞ!」
男たちは戸惑いながらも、俺の縄を解いて立ち上がらせた。相変わらず棍棒や鎌のような農具を手にして警戒しているが、どうやら今は俺を問い詰めるより、事態の解明を優先しなければならないらしい。
~~~ 続く ~~~